「俺たちって付き合ってるんだよな?」
と何度聞きそうになっただろうか。


とある暖かい日の昼休み、泉は珍しく昼寝をせずに考え事をしていた。
空は快晴。眩しすぎる事もない心地良い太陽の光が教室内を明るく照らし、穏やかな風がカーテンを小さく揺らしている。まれにみる小春日和。こんな日には外のグラウンドの木陰あたりで昼寝をしたら気持ちいいだろうなと頭の片隅で考えながら泉は溜息を吐いた。
昼休み、それに外が良い天気だという事もありクラスメイトがほとんどいない教室内ではその溜息でさえ響く。
それを聞きつけた一人の生徒が椅子から立ち上がり泉に近付いた。
「泉―どうした?溜息なんて吐いて」
浜田だ。泉はちらりと鮮やかな金色の髪を見た後視線を逸らした。一人にしておいて欲しかったからだ。今、泉には考えなければならない重要な事がある。
「なんでもねー」
放っておいて欲しくてそっけない態度をとるものの、浜田は気にせず寄ってくる。
「いや絶対何かあるだろ。眉間の皺寄ってるし」
「……」
ぐりぐりと眉間を押される。痛い、とその手を振り払ったが浜田は気にすることなく肩に手を置いてきた。
「まぁいいけど。話す気になったら言えよーちゃんと聞くから」
軽く肩を叩いた後自分の席に戻っていく浜田の姿を見ながら泉はまた一つ溜息を吐く。
(言えるわけねーよ、最近付き合い始めたばっかりの恋人―しかも男との進展が全然ないのが困ってますだなんて)



泉が現在自分の恋人である水谷と付き合い始めてからすでに二十日が経過していた。その間、恋人らしい事はほぼすることがなく、恋人になる前となんら変わらない生活を送っている。
告白された時はいつもとは少し違う真剣な顔の水谷にドキドキしながらOKの返事を出したのだけれど、ヘタレ気味な性格は変わっていないなと思う。でも、
(いい加減先に進みたいよなぁ、付き合って二十日たっても手繋ぎまでしか進展してないってどーよ)
と思うのだ。今時どれだけ純情な恋人同士でもキスくらいまでは進んでいるだろう。田島まではおおっぴらに出来ないもののちょっとあっち系の、エロい方面にも興味が出てくる年頃だし。
だが今までした恋人らしい事と言えば手を繋ぐ事くらい。
しかも手を繋ぐ前に「繋いで良い?」とお伺いまでたててから繋いだのだ。もうちょっとそこは強引に手を取るくらいしてくれたらなと思った。
まぁ、そんなヘタレなところもひっくるめて好きになったからちょっとは予想していたけど。
(もうこれは俺からなにかするしかないのか……)
おそらく自分は受け、攻めの分類でいうと受け側に該当するのだと思う。一概には言えないが水谷よりも小柄だし……何よりも自分が水谷を押し倒している姿が全く想像できないから。
世の中には「誘い受け」とかいうわけの分からないジャンルがあるようだが自分はそのタイプではない、と思う。だが今の状況からはその誘い受けとやらにならなければ進展は望めないだろう。
(よし!)
そうと決めたら則行動。泉は携帯を取りだして、水谷にメールを送った。
***

「お邪魔しまーす」
「おーいらっしゃい。部屋先に上がってろよ」
「わかった、じゃあ待ってるね」
部活休みの日曜日、泉は水谷を自分の家に招待していた。家族は全員外出しているし、遅く帰ってくると言っていたからしばらくは二人でのんびりと出来るだろうと思って呼んだのだ。
平日は部活でいっぱいいっぱいで帰りぐらいしか話せないし、休日だって似たようなものだ。
だから珍しく部活休みの今日、考えていた計画を実行しようと泉は考えていた。
(今日こそキスまで行く……!)
その先はまぁのんびりとやっていけばいいだろう。痛い、と噂に聞いたから少しその先を想像する事は怖い。いろいろ情報を集めて、覚悟を決めてからしか、と泉は決めていた。幸い水谷は強引に物事を進めようとする性格ではないし、その点は安心だと思う。
母が用意してくれていたシュークリームをお盆の上に置き、冷蔵庫に入っていたオレンジジュースをコップに注いだ泉はトントン、と音を立てながら階段を上がっていく。階段を上がって二つ向こうの扉が泉の部屋だ。水谷が寛いでいるであろう部屋の入り口を泉はノックをすることなくバッと開けた。
「これシュークリーム、食べろって……水谷何してんの?」
扉を開けた途端見えたのは痛そうな顔でベッドの下で腰をさすっている水谷で、なんでそんなところに、ベッドに座ってて落ちたのか?と疑問ばかりが湧いてきた。
「な、なんでもないよー気にしないで!」
だが水谷は気にするなというだけで何も話そうとはしない。
「ふーん」
まぁ何でも良いけど、たいしたことはなさそうだし。そう思った泉はテーブルの上にお盆を置いてカーペットに座り込んだ。
「俺このシュークリーム好きなんだよな、クリームはさっぱりしてて甘すぎないし生地はふわふわだし」
母が用意しておいてくれたシュークリームは泉が気に入っているものだ。近くにある洋菓子店の商品で、以前買い物に行った際についでに買ってみたら予想以上のおいしさで驚いた事を覚えている。
コンビニで買う安めのシュークリームも美味しいが、専門店で買う出来たてのものはひと味違うと思う。泉が好きな味を水谷にも味わってもらいたいと以前母に頼んでおいたのだ。水谷が家に遊びに来るのだと言ったらいっぱい用意をしてくれた。余ったら持って帰ってもらってご家族にあげてね、と母に言われたからその分だけは確保しておいた。
「ん!ほんとだ美味しい〜」
泉お気に入りのシュークリームはどうやら水谷もお気に召したようで、とろけた笑みを浮かべながら一口一口味わって食べている。
本当に幸せそうな水谷を見て泉の頬も緩む。用意しておいて貰って良かった。本当にそう思った。
幸せですというオーラをまき散らしながらシュークリームを食べる水谷の横で泉もシュークリームに齧り付く。
途端口に広がる甘みとふわっとした感触に泉も満面の笑みを浮かべた。

しばらく二人で黙々とシュークリームを食べていたのだがふと、視界の端に水谷が手を止めてこちらをじっと見ているのが目に入って、泉も食べるのを一旦中断した。
何かおかしなことでもあっただろうかと思案する。
自分ではたいして何も思い浮かばないが今日の水谷は思い出してみればどこかそわそわしていて落ち着かなかった。
寝癖でもついていたのだろうか思って髪の毛を触ってみるが特に変なところはなく、服がおかしかっただろうかと見下ろしてみてもいつも通りのTシャツとズボンだから変ではないだろうと見当を付けた。あえて言うならばTシャツの襟ぐりが少し深いだけだ。
特に水谷が自分を凝視する理由が思い浮かばなかった泉は思い切って水谷に問いかけてみる事にした。
「なんでこっち見てんだよ、食べねーの?」
そう言って小首を傾げると水谷の顔が一気に真っ赤に染まった。おい、なんでだ。今どこに顔を赤くする要素があったんだと突っ込みたかったがとりあえず口を噤む。水谷がなにやら口を開いたから。
「……泉、ほっぺに生クリーム付いてるよ」
指を差されたのは頬で、ようやく水谷がこっちを見ていた理由が分かった。顔を赤くする要素がどこにあるかは分からなかったけれど、とりあえずさっき食べている時についたんだろう生クリームをとろうと泉は頬に手を伸ばした。















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